五十黙示録 第六巻 至恩之巻 第八帖 (R8.9.25)

 皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、五十黙示録 第六巻 至恩之巻 第八帖です、お読み下さい。

五十黙示録 第六巻

至恩之巻 第八帖

 ナギ、ナミ夫婦神は八分通り国土を生み育てられたが、火の神を生み給ひてナミの神は去りましたのであるぞ。物質偏重の世はやがて去るべき宿命にあるぞ、心得なされよ。ナミの神はやがて九と十の世界に住みつかれたのであるぞ。妻神に去られたナギの神は一人でモノを生むことの無理であることを知り給ひ、妻神を訪れ給ひ、相談されたのであるなれど、話が途中からコヂレテ遂に別々に住み給ふ事となり、コトドを見立てられて千引の岩戸をしめ、両神の交流、歓喜、弥栄は中絶したのであるぞ。

(太陽出版 新版 ひふみ神示 828頁 より)

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 いつものことですが、日月神示の基本十二巻以降の神示 (ふで) に対しては、投稿者:加藤の解釈を避けています。理由はいくつかあるのですが、基本的には、皆さまの解釈を尊重するためになりますので、ご理解していただきたいと思います。

 本帖は「古事記」に書かれている内容を要約した文章だということは、皆さまも簡単に理解されていると思います。古事記に書かれていない部分の「物質偏重の世はやがて去るべき宿命にある」という所、かなり重要な神仕組みだと投稿者:加藤は思います。「去る」という言葉を重ねて説明している神示で、第一が「イザナミが火の神 (カグツチ) を生んだことにより『去った』こと。」第二が「物質偏重の世は『去るべき』宿命。」です。このことから、イザナミは物質文明の象徴だということが判ります。男神であるイザナギは「陽 → 霊」ですが、対するイザナミは女神で「陰 → 身」という関係となり、イザナミの本質は「陰 → 身 → 物質」となるのです。

 最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。