五十黙示録 第五巻 極め之巻 第八帖 (R8.7.20)
皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、五十黙示録 第五巻 極め之巻 第八帖です。お読み下さい。
五十黙示録 第五巻
極め之巻 第八帖
元は5で固めたのぢや、天のあり方、天なる父は5であるぞ。それを中心として、ものが弥栄えゆく仕組、それを人民は自分の頭で引き下げて4と見たから行き詰って世界の難ぢうであるぞ。手や足の指は何故5本であるか、誰にも判るまいがな。
(太陽出版 新版 ひふみ神示 815頁 より)
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いつものことですが、日月神示の基本十二巻以降の神示 (ふで) に対しては、投稿者:加藤の解釈を避けています。理由はいくつかあるのですが、基本的には、皆さまの解釈を尊重するためになりますので、ご理解していただきたいと思います。
今回の帖の、手足の指が5本であるのは「天のあり方」であることの説明が少々必要だと投稿者:加藤は思います。日月神示を注意深く読んでいれば、「5」という数字の意味も判ると思いますが、ごくごく簡単にですが、答えになる部分だけを、説明しておきます。
「天のあり方」の「5」とは、「三の男性原理 ( • ) 」と「二の女性原理 (〇) 」が結ばれた「完全体 (⦿) 」ということで、これは「世の元の大神様」の三千世界創造における根本的原理」となります。ですので「それ (5) を中心として、ものが弥栄えゆく仕組」と書かれているのは、当然の道理となるのだと、投稿者:加藤は思います。
* 参考:日月神示 五十黙示録 第一巻 扶桑之巻 第一帖 より
「愈々時節到来して、天の数二百十六、地の数一百四十四となりなり、伊邪那岐三となり、伊邪那美二となりなりて、ミトノマグハイして五となるのであるぞ、五は三百六十であるぞ、天の中の元のあり方であるぞ」
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。