第廿巻 ん *記号1 (ウメ) の巻 第八帖 (R8.9.15)
皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、日月神示 第廿巻 ん *記号1 (ウメ) の巻 第八帖です、お読み下さい。
第廿巻 ん *記号1 (ウメ) の巻
第八帖 (四三五)
口と心と行と三つ揃ふたら今度は次に • 入れて下されよ、 • は神ぢゃ、神示ぢゃ、神示元ぢゃ、と申してあろが、三つ揃ふても肝腎の神示肚に入って居らんと何にもならん事になるぞ。九分九分九厘となってゐる事も判るであろが、御用勇んで仕へまつれよ。目覚めたら其の日の生命頂いたのぢゃと申してあろ、新しき生命弥栄に生れるのぢゃ。今日一日神に仕へまつれよ、与へられた仕事御用ざぞ、生命ざぞ、取違ひ致すでないぞ。七月になると上の人民番頭殿の色悪うなって来るぞ、八九月となれば愈々変って来るぞ、秋の紅葉の色変るぞ。いくら因縁ありてもミタマ曇ってゐると今度は気の毒出来るから、今度引寄せられた人民ぢゃとて役員ぢゃと云ふて、ちっとも気ゆるし出来ん。澄 (す) んだ言霊 (ことだま) で神示よみ上げてくれよ、三千世界に聞かすのぢゃ、そんな事で世がよくなるかと人民申すであらうなれど神の申す通り、判らいでも神の申す通りにやって下されよ、三千世界に響き渡って神々様も臣民人民様も心の中から改心する様になるのざぞ、世が迫って居ることは、どの神々様人民にもよく判ってゐて、誠求めて御座るのぢゃ、誠知らしてやれよ。何も彼も一度に出て来るぞ、日増にはげしくなって来るぞ、どうすることも出来ん様に、悪神悪の人民手も足も出せん事に、何から何まで、何が何だか判らん事に折り重なって来るぞ、キリキリ舞ひせなならん事になって来るぞ、キリキリ舞にも良きと悪しきとあるぞ、良きは結構ぢゃなあ、中々ぢゃ。十一月十六日、一二⦿。
*記号1 楕円の中心内側に、上下の線 (目の形) 。
(太陽出版 新版 ひふみ神示 495頁ー496頁 より)
価格:8800円 |
毎度々々の事ですが、日月神示の基本十二巻以降の神示 (ふで) に対しては、投稿者:加藤の解釈を避けていますので、今回も投稿者:加藤の解釈ではなく、本帖の大切と思はれる部分を、現代語にしておきたいと思います。
口と心と行の三ッが揃ったら、次は • (神・神示・神示元) を入れてくだされよ。神示を読んでも、肝腎のところが、肚に落とせなければ、何にもならんのだぞ。大峠になると、何もかもが一度に表面化してきて、日増しに激しくなり、人民には手も足も出せんのだぞ。人民キリキリ舞いするぞ、しかし良いキリキリ舞いもあるのだぞ。
こんな感じですかネェ〜!
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。