五十黙示録 第五巻 極め之巻 第三帖 (R8.7.1)

 皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、五十黙示録 第五巻 極め之巻 第三帖です。お読み下さい。

五十黙示録 第五巻

極め之巻 第三帖

 わが身をすてて、三千世界に生きて下されよ、わが身をすてると申すことは我 (が) をすてること、学をすてることぢや、すてると真理がつかめて大層な御用が出来るのであるぞ、それぞれの言葉はあれどミコトは一つぢやと申してあろうが、ミコトに生きて下されよ。言葉の裏には虫がついてゐるぞ、英語学ぶと英語の虫に、支那語学ぶと支那語の虫に犯されがちぢや。判らねばならんし、中々ながら御苦労して下されよ。大難を小難にすることは出来るのであるが無くすることは出来ん。不足申すと不足の虫が湧くぞ、怒ると怒りの虫ぞ。一生懸命、自分の信じるように、神を少さくして自分で割り切れるように、引きづり降して居るなれど、困ったもんぢや、長くゆったりとした気持ちで神を求めて下されよ。

(太陽出版 新版 ひふみ神示 812頁ー813頁 より)

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 いつものことですが、日月神示の基本十二巻以降の神示 (ふで) に対しては、投稿者:加藤の解釈を避けています。理由はいくつかあるのですが、基本的には、皆さまの解釈を尊重するためになりますので、ご理解していただきたいと思います。

 本帖の鍵は「我」と「虫」です。「我を捨てる」とは、日月神示の大きなテーマである「身魂磨き」に精進するということです。次は「ミコトの言葉には、虫がつかない」です。「虫がつく」とは「衣類や書画などに害虫がつく」とか「未婚の女性に、よからぬ (愛人) ができる」のような意味で使われる言葉で、良い意味や、良い状態を指す言葉ではないです。本帖には「不足の虫、怒りの虫、神を小さくして引きずり降ろす虫」の三ッの虫の例が示されています。

 最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。