五十黙示録 第五巻 極め之巻 第一帖 (R8.6.24)
皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、五十黙示録 第五巻 極め之巻 第一帖です、五十黙示録は今回から、第五巻に突入です、お読み下さい。
五十黙示録 第五巻
極め之巻 第一帖
宇都志 (うつし) 水に天津 (あまつ) 水添え奉 (たてまつ) らむを。夕陽 (ゆうひ) より朝日照るまでフトノリトせむ。火結 (ほむすび) 神の実秀答 (ミホト) 焼かへて岩戸 (言答 (一八十)) とざししき。世界を一つにするのであるから王は一人でよいぞ、動きは二つ三つとなるのぢや、キはキのうごきミはミのうごき、動いて和してキミと動くのぢや。三が道ぞと知らしてあろう、自他の境界つくるでないぞ、おのづから自他の別と和が生れてお互に折り重って栄へるのぢや、世界一家への歩み方、やり方間違へるでないぞ。九分九厘まで進まねば後の一厘は判らん、今が九分九厘であるぞ、日本は日本、世界は世界、日本は世界のカタ国、おのづから相違あるぞ。
(太陽出版 新版 ひふみ神示 811頁 より)
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価格:8800円 |
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いつものことですが、日月神示の基本十二巻以降の神示 (ふで) に対しては、投稿者:加藤の解釈を避けています。理由はいくつかあるのですが、基本的には、皆さまの解釈を尊重するためになりますので、ご理解していただきたいと思います。
本帖の冒頭は三首の方歌が登場しています。これまでも多くの方歌が降ろされているのですが、その理由の一ッとして、岡本天明がこよなく方歌を愛していて、「すめら歌社」という同人組織まで作って、幅広い活動をしていたので、神の天明に対する思いやりや、労いの意味が込められているのだと投稿者:加藤は思います。
さて本帖の鍵は五ッになると思いますので、下記に箇条書きにて記しておきます。内容や意味に関しては、皆さま各自で読みとってもらいたいと思います。これまでの日月神示に、殆どの答えは出されていると投稿者:加藤は思います。当ブログ内では、日月神示の全文が未だ完了していませんが、この辺で一度読み返してみるのもよいと思いますので、時間のある時に挑戦してみて下さい。
◎ 世界の王は、ただ一人の霊的中心者である
◎ 動きは二つ三つとなり、三が道である
◎ 自他の別があるから和が生まれる
◎ 「一厘の仕組」は「悪の御用」が九分九厘まで進んだ後に発動する
◎ 日本は世界のカタ国で、自ずから外国とは異なる
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。