第六巻 日月 (ひつ九) の巻 第十二帖 (R6.12.25)
皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、日月神示 第六巻 日月 (ひつ九) の巻 第十二帖です、お読み下さい。
第六巻 日月 (ひつ九) の巻
第十二帖 (一八五)
三ハシラ、五ハシラ、七ハシラ、コトアマツカミ、ツギ、ウヒジニ、ツギ、イモスヒジニ、ツギ、ツヌグヒ、ツギ、イモイクグヒ、ツギ、オホトノジ、ツギ、イモオホトノベ、ツギ、オモタル、ツギ、イモアヤカシコネ、ミコトト、アレナリ、イキイキテ、イキタマヒキ、ツギ、イザナギノカミ、イザナミノカミ、アレイデマシマシキ。
足許に気付けよ。悪は善の仮面かぶりて来るぞ。入 (はい) れん所へ悪が化けて入って神の国をワヤにしてゐるのであるぞ、己の心も同様ぞ。百人千人万人の人が善いと申しても悪い事あるぞ。一人の人云っても神の心に添ふ事あるぞ。てんし様拝めよ。てんし様拝めば御光出るぞ、何もかもそこから生まれるのざぞ。お土拝めよ。お土から何もかも生まれるのぞ。人拝めよ、上に立つ人拝めよ、草木も神と申してあろがな。江戸に攻め寄せると申してあろがな。富士目指して攻め来ると知らしてあること近付たぞ。今迄の事は皆型でありたぞ、江戸の仕組もお山も甲斐の仕組も皆型ぞ、鳴門とうづうみの仕組も型して呉れよ。尾張の仕組も型早よう出して呉れよ。型済んだらいよいよ末代続くまことの世直しの御用にかからすぞ。雨降るぞ。十月二十八日、ひつ九のかみ。
(太陽出版 新版 ひふみ神示 149頁ー150頁 より)
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先ずは神話の部分。今までの神々は「独り神」でしたが、今回から「夫婦神」となり、これも古事記と同じです。なお神名の妹 (イモ) とは、兄弟という意味ではなく「夫婦」という意味です。では、本帖に登場する神々を見ていきましょう。ウヒジニ、イモスヒジニ=宇比地邇、妹須比智邇。ツヌグヒ、イモイクグヒ=角杙、妹活杙。オホトノジ、イモオホトノベ=意富斗能地、妹大斗乃辨。オモタル、イモアヤカシコネ=淤母陀琉、妹阿夜訶志古泥。イザナギノカミ、イザナミノカミ=伊邪那岐神、伊邪那美神。ここで国産みで有名なイザナギノカミとイザナミノカミ両神の登場ですが、日本神話に馴染みの無い方には面白くない内容かも知れません…
「悪は善の仮面かぶりて来るぞ。入 (はい) れん所へ悪が化けて入って神の国をワヤにしてゐるのであるぞ」この文章は、あたかも善人の顔をして「我れ善し、体主霊従」の心を騙しに近づいて来るものをいい、このものの恐ろしいところは、心に入り込まれると「自分は善の側にいると、自分の心の悪が見えなくなる」ということです。
「江戸に攻め寄せると申してあろがな。富士目指して攻め来ると知らしてあること近付たぞ」ですが、当ブログをご愛顧して下さる皆さまには、説明の必要はないと思いますが、神示が降ろされた日付から読み解いて、東京大空襲のことを伝えています。
「今迄の事は皆型でありたぞ、江戸の仕組もお山も甲斐の仕組も皆型ぞ、鳴門とうづうみの仕組も型して呉れよ。尾張の仕組も型早よう出して呉れよ」これは、岡本天明達が懸命に取り組んだ「神業」が「型」だと明示した文章です。「型済んだらいよいよ末代続くまことの世直しの御用にかからすぞ」と文章は続き、岡本天明達の「神業=型」が終わらなければ「まことの世直しの御用」にかかれないと伝えている文章だと投稿者:加藤は理解しています。
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。