第五巻 地 (九二) つ巻 第三十帖 (R6.11.26)
皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、日月神示 第五巻 地 (九二) つ巻 第三十帖です、お読み下さい。
第五巻 地 (九二) つ巻
第三十帖 (一六七)
一度に建替へすると世界が大変が起るから、延ばし延ばしてゐるのざぞ、目覚めぬと末代の気の毒できるぞ。国取られた臣民、どんなにむごいことになりても何も言ふこと出来ず、同じ神の子でありながら余りにもひどいやり方、けものよりもむごいことになるのが、よく分りてゐるから、神が表 (おもて) に出て世界中救ふのであるぞ、この神示腹に入れると神力出るのざぞ、疑ふ臣民沢山あるが気の毒ざぞ。一通りはいやがる臣民にもこの神示一二三 (ひふみ) として読むやうに上の人してやりて下されよ。生命あるうちに神の国のこと知らずに死んでから神の国に行くことは出来んぞ、神の力でないと、もう世の中は何うにも動かんやうになってゐること、上の番頭どの分かりて居らうがな、何うにもならんと知りつつまだ智や学にすがりてゐるやうでは上の人とは申されんぞ、智や学越えて神の力にまつはれよ、お土拝みて米作る百姓さんが神のまことの民ぞ、神おろがみて神示取れよ、神のない世とだんだんなりておろがな。真通 (まつ) ることは生かす事ぞ。生かす事は能 (はたら) かす事ぞ。神の国には何でもないものないのざぞ、神の御用なら何でも出て来る結構な国ぞ、何もなくなるのはやり方わるいのぞ、神の心に副はんのぞ。十月七日、一二⦿。
(太陽出版 新版 ひふみ神示 133頁ー134頁 より)
ひふみ神示〔新版〕 (Ten books) [ 岡本天明 ] 価格:8800円 |
今回の帖も、日月神示で何度も何度も書かれている、「延ばし延ばし」や「神急けるぞ」についての内容なのですが、本帖では「一度に建替へすると世界が大変が起るから」という書き出しに鍵があると投稿者:加藤は思います。今までの神示では、個人々々の身魂磨きが進まないと駄目だということに焦点を合わせて書かれていたように思いますが、本帖では個人が、世界へと変わっています。このことは、宇宙的に考えると当たり前のことなのですが、一般的な三次元世界の考え方では、少々理解に苦しむかも知れません。我々人間の意識 (エネルギー) とは、他者の意識とつながっています。ですので集合意識という大きな意識になると、その意識が現実となるのです。日月神示で大難を小難にすることが出来るという意味は、多くの日本人が身魂磨きを進めることによって、身魂磨きが進んだ大勢の意識が大難を避ける方向になれば、大難を小難にすることが出来るという意味だと投稿者:加藤は思います。
本帖で、サラリと書かれている「お土拝みて米作る百姓さんが神のまことの民ぞ」なのですが、お土拝むとは、神を拝むと同義ですので、百姓さんが、神の真 (まこと) の民だという意味です。我々も機会があるならば、進んで素足になり、土の上を歩くことを投稿者:加藤は進めます。体の中の毒素を、神である大地が吸収 (余談ですが、何故ヒンドゥー教のシバ神は、身体が青いかですが、シバ神が他者に代わって毒を自分の体に吸収したからだそうです) してくれて、代わりに神の力を大地から与えてくれます。素足で土の上を歩ける場所となれば、かなり自然環境が良い場所だと思いますので、心の浄化もついでにしてしまえます。仕事をするには良い環境かも知れませんが、都会は心と身体には、悪いことしかないと投稿者:加藤は感じます。皆さまも、時間が許すならば、週末に自然が一杯の場所へ、コトコトと電車に乗って、小旅行へ行ってみて下さい。貴方の気持ち (身体や心) が喜びますよ。
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。