第五巻 地 (九二) つ巻 第二十七帖 (R6.11.20)
皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、日月神示 第五巻 地 (九二) つ巻 第二十七帖です、お読み下さい。
第五巻 地 (九二) つ巻
第二十七帖 (一六四)
天地には天地の、国には国の、びっくり箱あくのざぞ、びっくり箱あけたら臣民みな思ひが違ってゐること分るのぞ、早う洗濯した人から分るのぞ、びっくり箱あくと、神の規則通りに何もかもせねばならんのぞ、目あけて居れん人出来るぞ、神の規則は日本も支那も印度もメリカもキリスもオロシヤもないのざぞ、一つにして規則通りが出来るのざから、今に敵か味方か分らんことになりて来るのざぞ。学の世はもう済みたのぞ、日に日に神力あらはれるぞ、一息入れる間もないのぞ。ドシドシ事を運ぶから後れんやうに、取違ひせんやうに、慌てぬやうにして呉れよ。神々様もえらい心配なされてござる方あるが、仕組はりうりう仕上げ見て下されよ。旧九月になればこの神示 (ふで) に変りて天 (アメ) の日つくの神の御神示出すぞ、初めの役員それまでに引き寄せるぞ、八分通り引き寄せたなれど、あと二分通りの御役の者引き寄せるぞ。おそし早しはあるなれど、神の申したこと一厘もちがはんぞ、富士は晴れたり日本晴れ、おけ、十月の四日、ひつ九のか三ふみ。
(太陽出版 新版 ひふみ神示 130頁−131頁 より)
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本帖は、読み手によって、解釈が多岐に分かれる文章だと思いますので、全体的な解釈は控えて、「びっくり箱」という言葉の解釈だけをしたいと思います。未だ投稿されていない帖なのですが、日月神示 第十二巻 夜明けの巻 第十二帖の書き出しを紹介します。「あら楽 (たぬ) し、あなさやけ、元津御神の御光の輝く御代ぞ近付けり」と岩戸開きを喜んでいる様子が書き出しとなっています。「びっくり箱あく」=「岩戸開き」と読み替えてよい帖だと投稿者:加藤は考えています。
「びっくり箱あけたら臣民みな思ひが違ってゐること分るのぞ」の意味ですが、雛形論もからむ話ですけれども、日本に原子爆弾が投下されたことは、一ッの「岩戸開き」なのです。ですから、岡本天明達も、自分達の思いと違っていたことに、当初は驚いたのです」大峠、大洗濯、これらが何故必要なのかを思い出してみて下さい。この世 (地上界) から悪神に魂を奪われた人々を目覚めさせるためです。身魂磨きが進み、改心が進み、洗濯が進んだ臣民にとっては、岩戸開きが喜ばしい出来事だとなるのでしょう。
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。