第四巻 天つ巻 第二十六帖 (R6.9.30)
皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、日月神示 第四巻 天つ巻 第二十六帖です、お読み下さい。
第四巻 天つ巻
第二十六帖 (一三三)
天の日津久の神と申しても一柱ではないのざぞ、臣民のお役所のやうなものと心得よ、一柱でもあるのざぞ。この方はオホカムツミノ神とも現はれるのざぞ、時により所によりてはオホカムツミノ神として祀りて呉れよ、青人草の苦瀬 (うきせ) なほしてやるぞ。天明は神示 (ふで) 書かす御役であるぞ。九月十一日、ひつ九⦿。
(太陽出版 新版 ひふみ神示 106頁 より)
ひふみ神示〔新版〕 (Ten books) [ 岡本天明 ] 価格:8800円 |
本帖の書き出し「天の日津久の神と申しても一柱ではないのざぞ、臣民のお役所のやうなものと心得よ、一柱でもあるのざぞ」と書かれています。日月神示らしい、逆説表現で、天の日津久の神は一柱ではないと言って、一柱でもあると言っています。そして注目して置きたいのは、役所のようなものと書かれていることだと投稿者:加藤は考えます。ここは深読みしたくなるところですが、深読みの必要はないと投稿者:加藤は思います。単純に今の人間が生活している時に活用している「役所」に置き替えて考えれば良いと思います。日々の暮らしの問題、生活環境、健康や福祉、保険、教育や文化等々、の窓口。そう考えれば、窓口は多々存在しても、役所は一ッだと気付くと思います。ですので絶対の存在である神は、一柱でもあり、一柱ではないと理解できます。「この方はオホカムツミノ神とも現はれるのざぞ」ですが、この方と書かれていますので、国常立尊はオホカムツミノ神でもあるという意味です。日月神示の各帖の最後に、色々な神の名での表現が書き添えられています。本帖では「ひつ九⦿」これが役所の窓口の名前と考えて良いと投稿者:加藤は考えています。
青人草とは、古い日本語で国民という意味で、苦瀬治すとは、苦しみ (問題) を取り除くという意味です。
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。