般若心経 探求 (R6.1.24)
皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。かなり時間が過ぎてしまいましたが、般若心経の最終回を行きたいと思います。前回の「般若心経 探求」から今回の投稿まで、投稿者:加藤は考えていました。今までは、般若心経の一節々々を日本語にして、説明して来ましたが、「般若心経 探求」一回目 (R5.10.4) の趣旨と違うのでは無いかと…しかし三回目 (R5.10.18) に、般若心経を、四っに分けて、その各部分を説明すると宣言してましたので、悩んでいました。ですので、本来なら今回は、三っ目に、「空」の思想を世界 (日月神示的に云うと、三千世界) 全体の思想に深めて行きます、という所に突入するのですが、ここが悩ましい。日月神示にも良く出て来る「三千世界」という言葉、ですが、元々仏教用語ですので、般若心経では、このパートが三千世界の説明となるのでしょう。しかし、見方的には日月神示の考え方とはかなり違うのです。マァ、般若心経は仏教ですので、違うのは当たり前なのですが…三回目 (R5.10.18) でも書きましたが、このパート自体は、「色即是空」「空即是色」をウダウダ、ダラダラと説明する文章なので、ウダウダ、ダラダラとした説明はやめます。このウダウダ、ダラダラとは、俗にいう「禅問答」なのですが、小乗仏教を否定して、大乗仏教に向かわせる教義です。
さて、般若心経の探求という意味では、少々道を外れるかも知れませんが、日月神示では、仏教が日本に入り込んで、岩戸が閉められたとも書かれています。全ての宗教は「人間」が興しているという話を、過去の投稿でも書きました。問題は此処なのです。般若心経、良いことは書かれていますが、一っの仏教思想を否定し、一っの仏教思想が正しいかのごとく、禅問答を繰り返します。まるで、現在の我々が目にしているキリスト教やイスラム教の宗教戦争です。
人間が興した宗教、そして興した人間を神として運営を初める宗教団体。手をかざして病を治す奇跡。これで神というならば、日本に過去どれだけの人神が存在した事でしょう。確かに、その人神は日本でも多くの宗教団体を興しています。しかし、その人神がいなくなった (死んだ) 時点で、その宗教団体は役目を終えているのです。まして奇跡も示せずに興している宗教団体も星の数です。
般若心経の神髄である「色即是空」「空即是色」は、過去の投稿で理解出来たと思います。本当に、般若心経は此処だけで良いと投稿者:加藤は思います。
最後に四っ目のパートになる、「揭諦 揭諦 波羅揭諦 波羅僧揭諦 菩提薩婆呵 (ギャァティ ギャァティ パァラギャァティ パラソウギャァティ ボージソワカ) 」というマントラですが、その前に、般若心経を訳した人を紹介しておきます。唐三蔵法師玄奘 訳 となっています。皆さんは、孫悟空の物語で知っていると思いますが、三蔵法師です。さて、般若心経の最後の一節であるマントラですが、我々日本人であれば、漢文に関して、漢字を見れば、大体の意味は読み取れます。しかし、このマントラは、訳せません。多分、現在の日常生活でサンスクリット語を使用している人でも判らないかも知れません。玄奘三蔵も訳せなかったのか、あえて訳さずに、漢字で音だけを拾ったのか投稿者:加藤には判りません。しかし、この一節は呪文ですので、その音の通りに口から音として発せられなければならないと、玄奘三蔵も考えたのでは無いかと思います。ですので、このマントラを日本語に訳す意味は無いかも知れませんが、投稿者:加藤なりに頑張って日本語にしたいと思います。「行 (生) ける者よ、彼岸に行 (生) ける者よ、あなたに幸 (さち) あれ」。
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。