第廿巻 ん *記号1 (ウメ) の巻 第十一帖 (R8.9.24)
皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、日月神示 第廿巻 ん *記号1 (ウメ) の巻 第十一帖です、お読み下さい。
第廿巻 ん *記号1 (ウメ) の巻
第十一帖 (四三八)
日本の上に立つ者に外国の教伝へて外国魂に致したのは今に始まった事ではないぞ、外国の性根入れたのが岩戸閉めであるぞ、五度ざぞ、判りたか。それを元に戻すのであるから今度の御用中々であるぞ、中つ枝からの神々様には判らん事ざぞと申してあることもガッテン出来るであろがな。この神示肚に入れて居ればどんなことあっても先に知らしてあるから心配ないのざ、ソレ出たとすぐ判るから胴すわってゐるから何事も結構におかげ頂くのざ。死ぬ時は死んだがよく、遊ぶ時には遊べ遊べ、嬉し嬉しざぞ、十一月十六日、ひつ九のか三。
*記号1 楕円の中心内側に、上下の線 (目の形) 。
(太陽出版 新版 ひふみ神示 497頁ー498頁 より)
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毎度々々の事ですが、日月神示の基本十二巻以降の神示 (ふで) に対しては、投稿者:加藤の解釈を避けていますので、今回も投稿者:加藤の解釈ではなく、本帖の大切と思はれる部分を、現代語にしておきたいと思います。
日本の上の者が外国魂になってしまうのは、今に始まったことでは無いのだぞ。それが五度の岩戸閉めなのだぞ。それを元に戻すのだから、外国の常識で考える者は、神々様でも判らないのが道理であろう。しかし、心配は必要ないぞ、神示を肚に入れて、結構にしていれば、おかげが働くのだぞ。死ぬ時は素直に死ねばよい、遊ぶ時は遊べ、全てが嬉し嬉しだぞ。
こんな感じですかネェ〜!
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。