第八巻 磐戸の巻 第二帖 (R5.10.10)

 皆さま御機嫌いかがでしましょうか、投稿者:加藤です。本日のお題は、日月神示の第八巻 磐戸の巻 第二帖になります。今回、内容の解説は皆さまの肚で読んでいただき (さほど難解ではないですので) 内容の解説は省きたいと思います。しかし、この帖では訳し方で気になるところがあるので、皆さまにはその訳し方に対して投稿者:加藤なりの解釈を説明させてもらいます。では今回のお題を、お読み下さい。

第八巻 磐戸の巻

第二帖 (二三八)

 キつけてくれよ、キがもとざぞ、キから生れるのざぞ、心くばれと申してあろが、心のもとはキざぞ、総てのもとはキであるぞ、キは⦿ (よろこび) ざぞ、臣民みなにそれぞれのキうへつけてあるのざぞ、うれしキはうれしキことうむぞ、かなしキはかなしキことうむぞ、おそれはおそれうむぞ、喜べば喜ぶことあると申してあろがな、天災でも人災でも、臣民の心の中にうごくキのままになるのざぞ。この道理わかるであろがな。爆弾でもあたると思へばあたるのざぞ、おそれるとおそろしことになるのざぞ、ものはキから生れるのざ、キがもとぞ、くどくキづけておくぞ。ムのキ動けばムくるぞ、ウのキうごけばウ来るぞ、どんな九十でもキあれば出来るぞ、キからうまれるぞ、勇んで神の御用つとめて下されよ。十二月三十一日、⦿の一つ九⦿。

(太陽出版 新版 ひふみ神示 197頁ー198頁 より)

 皆さま、言霊 (ことたま) と云う言葉を聞いた事はありますか?「ことだま」とよく云われますが、正確には「ことたま」です。基本的に神々に通じる言葉は濁点がつきません。「ことだま」なら聞いた事があるよ、と云う方はそれです。超簡単に言ってしまうと、人間が口から発する音には、それなりの力が有りますよって云う事です。簡単に言い過ぎで解らないですね。力が有る言葉。要するに呪文です。

 西洋などでは、魔法円で呪文を唱えて、悪魔を召喚するなどの行為を、皆さまも何か絵やアニメや映画で見た事があると思います。あの時の呪文、マァあれですね。諸外国では、言葉が言霊となるのですが、日本だけは、言葉では無いです。言葉では無いと言うと頭が混乱するかも知れませんが、日本では言葉が出来る前に、五十音の言霊が存在したと言う事です。ですので、この五十音の言霊の意味の後に言葉 (単語) が形成されて日本語となっています。ですので、日本語の単語は言霊が集合して意味を形成していますので、諸外国の言霊よりも強力です。よく「そんな事を言うな」という会話がありますが、これは言った事が現実になる事を、日本人は理解しているからなのです。話した事が現実になると考えるのも日本人だけです。それだけ日本語の言霊は強力なのです。そこで大切となるのが過去の投稿 (R5.5.30) (R5.7.11) (R5.8.22) でふれている「ひふみ祝詞」の音としての日本語なんです。

 さて、前置きが長くなり過ぎました。今回の帖で気になる点は「カタカナ」です。「キ」と「ム」と「ウ」が強調文字の様にカタカナで訳されています。「キは⦿ (よろこび) ざぞ」と書かれています。この帖で伝えたい「キ」は氣、元、神 、神なので弥栄の喜び、の意味する言霊でしょう。「ム」は無、〜。「ウ」は生、〜と解釈できます。「爆弾でもあたると思へばあたるのざぞ」と書かれていますが、逆に考えれば「爆弾でもあたらないと思へば当たらないのざぞ」と取れます。この回避も「キ」からですよね。

 最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。