五十黙示録 第三巻 星座之巻 第二十一帖 (R8.4.6)
皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、五十黙示録 第三巻 星座之巻 第二十一帖です、お読み下さい。
五十黙示録 第三巻
星座之巻 第二十一帖
言葉は生れ出るものぢや。先づ言葉され、歌となり、文章となり、又絵画となり、彫刻となり、建築となり、又音楽となり、舞踊となり、あらゆる芸術の元となるのであるぞ。神に通ずればこそ、愛であり、真であり、善であり、美であり、喜びであるぞ、喜びなきものは芸術でないぞ。今の芸術は死の芸術、魔の芸術。
(太陽出版 新版 ひふみ神示 792頁 より)
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価格:8800円 |
いつものことですが、日月神示の基本十二巻以降の神示 (ふで) に対しては、投稿者:加藤の解釈を避けています。理由はいくつかあるのですが、基本的には、皆さまの解釈を尊重するためになりますので、ご理解していただきたいと思います。
本帖は「芸術」について書かれた文章だということは判ると思います。当ブログでは未だ先の投稿となりますが、日月神示 第二十四巻にも「芸術」について書かれた文章がでてきます。「今の芸術は死の芸術、魔の芸術」と最後に書かれている部分に関しては、前回、前々回の五十黙示録 (星座之巻 第十九帖、第二十帖) を読み返してもらいたいと思います。「ム (無・霊的世界) 」が「ウ (有・物質世界) 」に顕現して発生した、神の現われであり「マコト」であるので、本来ならば「神を讃えるもの」であったということを、先に理解しておく必要があると投稿者:加藤は思います。
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。