第十七巻 二日ん (ジシン) の巻 第十帖 (R8.3.31)
皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、日月神示 第十七巻 二日ん (ジシン) の巻 第十帖です。本巻は全十九帖からなる巻なのですが、十九帖全てが長い文章です。ですので、解釈ではないのですが、重要と思われる部分の現代語化が、非常に簡略なものとなります。当ブログでは、一ッの投稿を読むのに必要な時間を五分、長くても十分となるように務めています。理由は読み手の方に、考える時間を持ってもらいたいからなのですが、本巻は、読むのに時間がかかると思いますが、頑張って読んでください。では、本文からお読み下さい。
第十七巻 二日ん (ジシン) の巻
第十帖
地上人は、内的に生前の霊人と+ (通じ) 、また死後の霊人と+ (通ず) る。地上人が、生前を知得するのは、この霊人を+ (通す) るが故であり、死後を知得するのも、また同様に+ (通ず) るからである。生前と死後は同一線上におかれているが同一ではない。地上には、物質的+ (形式) があり、霊界には霊的+ (形式) がある。その+ (形式) は+ (歓喜) の交叉し、発する処によって自ら+ (成る) ものである。+ (形式) 無くしては+ (合一) なく、+ (力) なく、+ (形式) あるが故に+ (もの) が+ (総て) に+ (合一) +し、 (弥栄) し、+ (力) し、+ (大弥栄) するのである。+ (形式) の中に+ (和) する事は、その++ (個々) が、++ (差別) されているからである。++ (差別) し、++ (区分) せられることは、その各々に、++ (各々) が共通する内質をもつからである。++ (共通性) なきものは、++ (差別) し、++ (区分) することができない。+ (霊界) と+ (現実界) との関係はかかるものであるが故に、+ (常) に+ (相応) し、+ (力) し、+ (力) を生じ、また常に、+ (相通) じて+ (力) を生みゆく。これは、平面的頭脳では、仲々に+ (理解) しがたいのであるが、この根本+ (原理) を体得、理解し得たならば、+ (神) + (幽) + (現) 三界に通じ、永遠に弥栄する+ (大歓喜) に住するのである。されば+ (差別) は、+ (平等) と+ (合一) することによって+ (立体) の++ (差別) となり、+ (平等) は+ (差別) と合一することによって++ (立体平等) となり得る。+ (霊人) が+ (地上人) と+ (和合) し、また+ (地上人) が+ (霊人) と+ (和合) し、+ (弥栄) するのは、この++ (立体平等) と++ (立体差別) との+ (弥栄) ゆるが為であることを知らねばならぬ。この二つの+ (相反) するものを+ (統一) し、常に+ (差別) しつつ+ (平等) に導き、++ (立体) していく+ (力) こそ、+ (神) そのものの+ (力) であり、+ (歓喜) である。この+ (二つの力) と+ (神) の+ (歓喜) なくしては、+ (地上人) なく、また (霊人) もあり得ないのである。++ (生成発展) もなく+ (神) も+ (歓喜) し得ない。この (力) なくしては、+ (地上人) は+ (霊人) と+ (和) し、+ (神) に+ (和) し奉ることはできない。故に、+ (生命) しないのである。
(太陽出版 新版 ひふみ神示 422頁−423頁 より)
価格:8800円 |
毎度々々の事ですが、今回も投稿者:加藤の解釈ではなく、本帖の大切と思はれる部分を、現代語にしておきたいと思います。
前世とは物質世界、死後とは霊的世界という違いはあるのだが、時間軸は同一線上に存在している。互いに別の世界ではあるのだが、内にある共通の霊人を通じ、相互に知得することは可能である。平面思考では、共通点をもつので、差別する。通じるところがなければ、平等にすることができる。しかし、立体思考では、差別は平等となり、平等は差別となる。これを理解できた者は、未来に生成発展をもたらすことができる。
こんな感じかなぁ〜
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。