五十黙示録 第三巻 星座之巻 第十六帖 (R8.3.18)
皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、五十黙示録 第三巻 星座之巻 第十六帖です、お読み下さい。
五十黙示録 第三巻
星座之巻 第十六帖
偽 (にせ) の愛、偽 (にせ) の智と申すのは、神を信じない人民の愛と智であることを知れよ、この人民たちは神の声を聞いても聞へず、神の現れを見ても見へないのであるぞ、目をとぢ耳にふたしてゐるからぞ、今の人民よ学者よ金持よ、早う考へ方を変へねば間に合わん、心の窓早うひらけよ。
* 引用文献に、誤字がありましたので、修正して投稿しています。誤:間に会わん、正:間に合わん。
(太陽出版 新版 ひふみ神示 790頁 より)
価格:8800円 |
いつものことですが、日月神示の基本十二巻以降の神示 (ふで) に対しては、投稿者:加藤の解釈を避けています。理由はいくつかあるのですが、基本的には、皆さまの解釈を尊重するためになりますので、ご理解していただきたいと思います。
さて、本帖に関しては、一言だけ伝えておきたいと思います。冒頭の「偽 (にせ) の愛、偽 (にせ) の智と申すのは、神を信じない人民の愛と智であることを知れよ」の部分ですが、スッと読み飛ばしてしまいそうな、内容的には簡単に感じる文章だと投稿者:加藤は思います。内容は「偽の愛」とか「偽の智」とは、「神を信じない人民」が信じている「愛と智」だと断言している文章です。そこで、「神を信じない」の意味ですが、これは単純に「無信仰」だという意味ではないと投稿者:加藤は思います。つまり「無信仰」ではなく「体主霊従」の性来に堕ちているという意味として読まなければならないのだと考えます。つまり「偽の愛と智」とは「体主霊従」の者が信じている「愛」であり「智」だということになります。
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。