五十黙示録 第三巻 星座之巻 第十帖 (R8.2.25)
皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、五十黙示録 第三巻 星座之巻 第十帖です、お読み下さい。
五十黙示録 第三巻
星座之巻 第十帖
世の元は〇であるぞ、世の末も〇であるぞ、〇から〇に弥栄するが、その動きは左廻りと右廻りであるぞ、( と )と申してあろう、その中心に動かぬ動きあるぞ、何も彼も、人民迄変るのが今度の大立替、食物も、衣類も、住居も皆変るぞと申してゐる時が来ているのぞ、いつ迄チョンマゲを頭にのせてゐるのか、ケンビキ今一度痛くなるぞ、そのケンビキ今度は東の方ぢや。
(太陽出版 新版 ひふみ神示 787頁 より)
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価格:8800円 |
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いつものことですが、日月神示の基本十二巻以降の神示 (ふで) に対しては、投稿者:加藤の解釈を避けています。理由はいくつかあるのですが、基本的には、皆さまの解釈を尊重するためになりますので、ご理解していただきたいと思います。
本帖も前回の投稿と同じく、非常に難解です。そして短い文章ですが、前回の超と同様に二ッの事柄について書かれています。「左廻りと右廻理、その中心に動かぬ動きがある」と「痛いケンビキ今度は東の方」です。前回の投稿同様に、片方だけ解釈 (説明) をしておきます。先ず五十黙示録 第一巻 扶桑之巻の第二帖と五十黙示録 第二巻 碧玉之巻の第七帖の復習をしておきましょう。
扶桑之巻 第二帖
一を二つ集めても二にはならんぞ、人民大変な取違いを致して居るぞと申してあろうがな、〇 (レイ) がもとぢや、*記号1 一 (レイ) がもとぢや、結びぢや弥栄ぢや、よく心得なされよ
* 記号1:中心から外側へ時計回りの渦巻き。
碧玉之巻 第七帖
岩戸がひらけたのであるから教へではならん、道でなくてはならんと申してあるぞ、道は永遠ぢや、〇から出て〇に至るのぢや
上記の二帖からも判るように、本帖冒頭の「世の元は〇であるぞ、世の末も〇であるぞ」の「〇」は、ここでは「レイ→霊→霊的根源」と捉えることが出来ます。霊的根源=世の元の大神様ですので、「世の元は霊であり、世の末も霊である」と書かれているのだと投稿者:加藤は理解しています。そして「〇から〇に弥栄する」と続きます。「霊から霊に弥栄する」とは、完成→超完成→超超完成→超超超完成… と弥栄すると捉えられます。本帖に書かれている「左廻りと右廻り」は前回の帖と同じく「左=陽、男性原理」「右=陰、女性原理」と読んで問題ないと投稿者:加藤は思います。本題から脱線しますが、左廻りと右廻りは非常に大事な話で、イザナギ神とイザナミ神が結婚する時、男神であるイザナギが天の御柱を「左から廻り」女神であるイザナミが「右から廻った」 (左右逆では駄目) と伝えられています。「その中心に動かぬ動きがある」とは、「陽と陰」を生じさせる「根源の存在」=「造化三神」が適合します。「アメノミナカヌシ」「タカムスビ」「カミムスビ」のことで、宇宙を生成化育する根源神のことです。少々難解な話になりますが、「アメノミナカヌシ」が「陽」の神力と「陰」の神力を発動させて創造した、「陽」の働きをする「タカムスビ」と「陰」の働きをする「カミムスビ」の中心に「アメノミナカヌシ」があり「動かぬ動き」をしていることになるのだと投稿者:加藤は思います。
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。