第十五巻 一八 (イハ) の巻 第五帖 (R8.1.25)
皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、日月神示 第十五巻 一八 (イハ) の巻 第五帖です、お読み下さい。
第十五巻 一八 (イハ) の巻
第五帖 (三七〇)
人民眼の先見えんから疑ふのも無理ないなれど、ミタマ磨けばよく判るのぢゃ、ついて御座れ、手引張ってやるぞ。誠の道行くだけではまだ足らんぞ。心に誠一杯につめて空っぽにして進みてくれよ、このことわからんと神の仕組おくれると申してあろうがな、早くなったところもあるなれど、おくれがちぢゃぞ。苦労、苦労と申しても、悪い苦労気の毒ざぞ、よき苦労花咲くぞ。花咲いて実結ぶのざぞ。人民苦しみさえすればよい様に早合点してゐるなれど、それは大間違ざぞ。神の道無理ないと、くどう申してあらうがな。此の道理よく噛み分けて下されよ。神の国は元のキの国、外国とは、幽界とは生れが違ふのぢゃ。神の国であるのに人民近慾なから、渡りて来られんものが渡り来て、ワヤにいたしてしまふてゐるのに、まだ近慾ざから近慾ばかり申してゐるから、あまりわからねば、わかる様にいたすぞ。眼の玉飛び出すぞ。近くは仏魔渡り来て、わからんことにされてゐるであらうがな。五度の岩戸開き一度にせなならんと申してあらうが、生れ赤児の心で神示読めと申してあらうがな。二月十六日、ひつ九かミ。
* 引用文献に誤字がありましたので、修正して投稿しています。誤:神示読めと申してあらうかな、正:神示読めと申してあらうがな。
(太陽出版 新版 ひふみ神示 336頁−337頁 より)
価格:8800円 |
毎度々々の事ですが、今回も投稿者:加藤の解釈ではなく、本帖の大切と思はれる部分を、現代語にしておきたいと思います。
日本の国は神の国、キの元の国であり、外国とは成り立ちが違うのであるぞ。その外国から、本来ならば渡って来られんものが、渡って来て、日本という国をワヤにしているのだぞ。なのに神の国の日本人は、欲に目がくらみ、気付かないふりをしているとは、嘆かわしいぞ。そのために神の国である日本国が、わけのわからん状態になっているではないか。それでも未だ欲に目をくらませて、放っておくのか?あまりにも見ていないふりを続けるならば、目玉が飛び出すほどに驚かすぞ。
こんな感じッスかね〜。
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。