第十五巻 一八 (イワ) の巻 第一帖 (R8.1.11)

 皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回から日月神示 後半 (第二部) 第十五巻 一八 (イワ) の巻に突入です。では、日月神示 第一五巻 一八 (イワ) の巻 第一帖でを、お読み下さい。

第十五巻 一八 (イハ) の巻

第一帖 (三六六)

 一八 (いわ) の巻書き知らすぞ。一八は弥栄。⦿は • と〇、⦿、* 記号1が神ざぞ。* 記号2が神ざと申してあろう。悪の守護となれば、悪よく見えるのざぞ。人民悪いこと好きでするのでないぞ、知らず知らずに致してゐるのであるぞ。神にも見のあやまり、聞きのあやまりあるのざぞ。元の神には無いなれど、下々の神にはあるのざぞ。それで見なほし、聞きなほしと申してあるのざぞ。元の神には見直し聞きなほしはないのざぞ、スサナルの大神様鼻の神様かぎ直しないぞ、かぎのあやまりはないのざぞ。人民でも、かぎの間違ひないのざぞ。鼻のあやまりないのざぞ。スサナルの大神様この世の大神様ぞと申してあらうがな。間違の神々様、この世の罪けがれを、この神様にきせて、無理やりに北に押込めなされたのざぞ。それでこの地の上を極悪神がわれの好き候に持ちあらしたのざ。それで人皇の世と曇りけがして、つくりかへ、仏の世となりて、さらにまぜこぜにしてしまふて、わからんことになりて、キリストの世にいたして、さらにさらにわからぬことにいたしてしもふて、悪の仕組通りにいたしてゐるのぢゃぞ、わかりたか。釈迦もキリストも立派な神で御座るなれど、今の仏教やキリスト教は偽の仏教やキリスト教ざぞ。同じ神二つあると申してあらうがな。 • なくなってゐるのざぞ、 • ない *記号2ざぞ、*記号1でないと、まことできんざぞ、わかりたか。 • なきもの悪ざぞ、 • は霊ぞ、火ぞ、一 (はじめ) ざぞ。くらがりの世となってゐるのも、 • ないからざぞ。この道理わかるであらうがな。旧一月十五日、かのととりの日、一二⦿。

* 記号1:中心から時計回りで外側への渦巻き、三時の所まで。

* 記号2:中心から時計回りで外側への渦巻き、七時の所まで。

(太陽出版 新版 ひふみ神示 333頁ー334頁 より)

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 毎度々々の事ですが、今回も投稿者:加藤の解釈ではなく、本帖の大切と思はれる部分を、現代語にしておきたいと思います。

 今の間違えた神々が、スサナル大神様に罪と穢れをなすりつけて平然としているぞ。釈迦もキリストも立派な神ではあるのだが、今の仏教とキリスト教は極悪神に乗っ取られているのだぞ。飛鳥時代以降は、そんな仏教に染まり、開国以降はキリスト教にも染まり、あれもこれも混ぜこぜで、わけがわからなくなっているのだぞ、これでは悪神の思い通りになってしまうぞ。悪神は悪いことをしようとは思っていないぞ、知らず知らずに行っているのだぞ。見る、聞く、では神様も間違うことあるのだぞ、鼻でよく嗅ぎ分けて下されよ。

 こんな感じッスかね〜。

 最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。