五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第一帖 (R7.11.10)
皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回から、五十黙示録の第二巻である碧玉 (あおたま) 之巻に突入です。それでは 五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第一帖をお読み下さい。
五十黙示録 第二巻
碧玉之巻 第一帖
反対の世界と合流する時、平面の上でやろうとすれば濁るばかりぢや、合流するには、立体でやらねばならん、立体となれば反対が反対でなくなるぞ、立体から復立体に、復々立体に、立立体にと申してあろう、漸次輪を大きく、広く、深く進めて行かねばならんぞ、それが岩戸ひらきぢや、低い世界は戒律なくてはならんぞ、人民の頭で、戒律と秩序、法則をゴッチャにして御座るぞ、平面と立体とをゴッチャにするのと同じ迷ひの道であるぞ、気つけ下されよ。病むことは神から白紙の巻物をもらったことぢや、この巻物をどんなに読みとるかによって新しき道がひらけるのぢや。神からの巻物おろそかにするでないぞ。
(太陽出版 新版 ひふみ神示 767頁 より)
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価格:8800円 |
いつものことですが、日月神示の基本十二巻以降の神示 (ふで) に対しては、投稿者:加藤の解釈を避けています。理由はいくつかあるのですが、基本的には、皆さまの解釈を尊重するためになります。しかし、日月神示を読み進めるには、高い壁が多くあることも理解しています。ですので、過去の投稿でも触れましたが、当ブログのカテゴリー「探求小屋」の方で、日月神示の読み解きに役に立つ方法 (気付き) や書籍を紹介して行きますので、そちらの投稿も引き続き宜敷く御願い致します。
さて本帖の話ですが、内容は三ッに別れています。その一番目に「誤字」と思われる部分があります。これは引用文献の誤植ではなく、日月神示が我々に読めるように訳され、編集された時に起きた誤字だと思われます。場所は「立体から復立体に、復々立体に、立立体にと申してあろう」の部分で二回使用されている「復」という漢字です。正しくは「複」という漢字が正いと投稿者:加藤は思います。
本帖の一段目の誤字に触れましたので、本帖の一段目の内容も少々触れておきます。「平面の上でやろうとすれば濁るばかりぢや」と書かれています。平面とは二次元による、二元論のことを指しています。二次元、二元論に囚われると「濁る」と言っているのです。「平面、立体、複立体、複々立体、立立体」とは、比喩的な書き方でもあるのですが、「二次元、三次元、四次元、五次元、六次元」と読みかえることが出来ると投稿者:加藤は思います。
二次元、二元論の代表的なことは、「白か黒か」「善か悪か」「損か得か」のようなものが代表でしょう。相反する同士 (反対のもの) が合流 (調和、融合、結び) が出来ないことは当然です。このことを神示では「濁るばかり」と表現しているのだと投稿者:加藤は思います。
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。