第一巻 上つ巻 第二帖 (R5.5.16)

 皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。本日の御題は、第一巻 上つ巻 第二帖です、先ずお読み下さい。

第一巻 上つ巻

第二帖 (二)

 親と子であるから、臣民は可愛いから旅の苦をさしてあるのに、苦に負けてよくもここまでおちぶれて仕まうたな。鼠でも三日先のことを知るのに、臣民は一寸先さへ分らぬほどに、よう曇りなされたな、それでも神の国の臣民、天道人を殺さず、食べ物がなくなっても死にはせぬ、ほんのしばらくぞ。木の根でも食うて居れ。闇のあとには夜明来る。神は見通しざから、心配するな。手柄は千倍万倍にして返すから、人に知れたら帳引きとなるから、人に知れんやうに、人のため国のため働けよ、それがまことの神の神民ぞ。酒と煙草も勝手に作って暮らせる善き世になる、それまで我慢出来ない臣民沢山ある。早く⦿の神の申す通りにせねば、世界を泥の海にせねばならぬから、早うモト⦿心になりて呉れよ、神頼むぞよ。盲が盲を手を引いて何処へ行く積りやら、気のついた人から、まことの神の入れものになりて呉れよ悪の楽しみは先に行くほど苦しくなる、神のやり方は先に行くほどだんだんよくなるから、初めは辛いなれど、さきを楽しみに心棒して呉れよ。配給は配給、統制は統制のやり方、神のやり方は日の光、臣民ばかりでなく、草木も喜ぶやり方ぞ、日の光は神のこころ、稜威ぞ。人の知恵で一つでも善き事したか、何もかも出来損ひばかり、にっちもさっちもならんことにしてゐて、まだ気がつかん、盲には困る困る。救はねばならず、助かる臣民はなく、泥海にするは易いなれど、それでは元の神様にすまず、これだけにこと分けてしらしてあるに、きかねばまだまだ痛い目をみせねばならん。冬の先が春とは限らんぞ。⦿の国を八つに切って殺す悪の計画、⦿の国にも外国の臣が居り、外国にも神の子がゐる。岩戸が明けたら一度に分る。六月の十日、書は、ひつくの神。てんめ御苦労ぞ。

*文中の「稜威」は「いづ」、御稜威(みいづ」、稜威(りょうい)などとしても出てくる。天皇や神などの威光。尊厳の光。

*日月神示には良く「⦿」が出てくるが、基本的には「神」と読みますが、この帖の始めは「モト」と読めます。「身魂」と読ませる時もあります。過去に投稿した帖にも出て来ていますが、今回の帖では沢山出て来たので、注釈を入れて置きます。

(太陽出版 新版 ひふみ神示 8頁ー9頁 より)

 投稿者:加藤が、日月神示と出会い、日月神示の道へ進む事を決めてからの事を皆様に伝えて置きたいと思います。マジで辛い!(笑)。人により違いはあると思いますが、大体の人が、日月神示の道に入ると、自分の人生が好転する迄の何年間かが辛いと言っています。今までに溜め込んだカルマを大清算させられるからだと言われています。

 今回の帖で「まことの神の入れものになりて呉れよ悪の楽しみは先に行くほど苦しくなる、神のやり方は先に行くほどだんだんよくなるから、初めは辛いなれど、さきを楽しみに心棒して呉れよ。」と書かれています。「まことの神の入れもの」を、投稿者:加藤なりに解釈すると、〇が身で、●が魂だと思います。●は神からの分魂なので、神そのもとと言っても過言では無いと思います。ですので、全ての物(私たちを含む)は神そのものだと云うことになります。今回の帖に「神のやり方は日の光、臣民ばかりでなく、草木も喜ぶやり方ぞ、日の光は神のこころ、稜威ぞ。」とありますので、草木も神そのものだと言っていると思います。

 問題は〇の方で、神から借りている肉体(勝手な思考を含む)が穢れすぎているので、早く掃除をしてくれと言っているのだと思います。掃除が済んで、●が〇に納まり⦿になる事で、大峠の大洗濯が来ても大丈夫な身魂になるのだと思います。大丈夫とは、自分が生き残れると云う事ではなく、神の御用が勤まる⦿になると云う事だと思います。

 最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。