第十巻 水の巻 第十七帖 (R7.5.18)
皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、日月神示 第十巻 水の巻 第十七帖です、お読み下さい。
第一〇巻 水の巻
第十七帖 (二九一)
カイの御用はキの御用であるぞ。臣民はミの御用つとめて呉れよ。キとミの御用であるぞ。ミの御用とは体 (からだ) の御用であるぞ。身養ふ正しき道開いて伝へて呉れよ。今迄の神示読めばわかる様にしてあるぞ。キの御用に使ふものもあるぞ。キミの御用さす者もあるぞ、お守 (まもり) の石どしどしさげてよいぞ。水の巻これで終りぞ。六月二十三日、三 (みず) の一二⦿。 (水の巻了)
(太陽出版 新版 ひふみ神示 250頁 より)
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価格:8800円 |
本帖は、日月神示 第十巻 水の巻の最終帖になります。解釈に入る前に「お守 (まもり) の石どしどしさげてよいぞ」の部分は、岡本天明達に向けた文章ですので、今回の投稿では説明を省きます。
「カイの御用はキの御用であるぞ」この言葉は、過去の帖でも何度も書かれていました。日月神示で「繰り返し」書かれている文章は、重要なことなので何度も繰り返して出てくる文章で、我々臣民が「よく理解し」肚に落とさなければならない内容だと投稿者:加藤は思います。カイの御用=富士 (仮) の御用=キの御用=火の御用だと解釈できます。これに対して「臣民はミの御用つとめて呉れよ」とあります。ミの御用=水の御用ですので、臣民は水の御用をよく務めて下さいという意味になります。日月神示ではお馴染みで、過去の投稿でも書いていますが、「火」と「水」を神格に当てれば、火=伊勢系=天津神系 (弥生系?) で、水=出雲系=国津神系 (縄文系?) となります。この火と水のバランスが大切だという意味で書かれている神示だと投稿者:加藤は思います。今の日本では、伊勢系の神が最上だという風潮ですので、臣民は出雲系の神を大事にして下さいと伝えているのだと、投稿者:加藤は思います。
「ミの御用とは体 (からだ) の御用であるぞ。身養ふ正しき道開いて伝へて呉れよ。今迄の神示読めばわかる様にしてあるぞ」ですが、これは身体 (肉体) のことを指しています。「今迄の神示読めばわかる様にしてあるぞ」と書かれていますので、振り返って過去の神示を思い返すと、身体のことに触れている内容は「食」だと思います。過去の日月神示の「食」に関する記述を、もう一度、一部分を抜粋して置きます。「牛の喰べると牛の様になるぞ、猿は猿、虎は虎となるのざぞ。臣民の喰べ物は定ってゐるのざぞ、いよいよとなりて何でも喰べねばならぬやうになりたら虎は虎となるぞ、獣と神とが分れると申してあろうがな、縁ある臣民に知らせておけよ、日本中に知らせておけよ、世界の臣民に知らせてやれよ、獣の喰ひ物くふ時には一度神に献げてからにせよ、神から頂けよ、さうすれば神の喰べ物となって、何たべても大じょうぶになるのぞ、何もかも神に献げてからと申してあることの道理よく分りたであろうがな、神に献げきらぬと獣になるのぞ、神がするのではないぞ、自分がなるのぞと申してあることも、よく分ったであろうがな、くどう申すぞ」日月神示 第四巻 天つ巻 第五帖。「喰べ物今の半分で足りると申してあるが、神に献げたものが祓ひ清めて神に献げると同様にすれば半分で足りるのぞ」日月神示 第四巻 第十三帖。「臣民一日に二度食べるのざぞ、朝は日の神様に供へてから頂けよ、夜は月の神様に捧げてから頂けよ、それがまことの益人ぞ」日月神示 第六巻 日月 (ひつ九) の巻 第二十五帖。「一二三の食物に病無いと申してあろうがな、一二三の食べ方は一二三唱へながら噛むのざぞ、四十七回噛んでから呑むのざぞ、これが一二三の食べ方頂き方ざぞ。神に供へてから此の一二三の食べ方すれば何んな病でも治るのざぞ、皆の者に広く知らしてやれよ。心の病は一二三唱へる事に依りて治り、肉体の病は四十七回噛む事に依りて治るのざぞ、心も身も分け隔て無いのであるが会得る様に申して聞かしてゐるのざぞ、取り違い致すでないぞ」日月神示 第七巻 日の出の巻 第八帖。まだまだ「食」に関する記述はあるのですが、長くなってきましたので、今回の投稿ではこの辺で… 「食」は直接「身養う道」だと投稿者:加藤は考えますので、口に入れるものには、細心の注意が必要だと思います。輸入品の食品などは、特に農薬や化学薬品を多く含んだ食品・調味料などが多く見られます。日本の基準もユルユルなのですが、外国には、日本向けの輸出品は「日本人に喰わせるものなど、こんなものでよい」という考えの (敢えて毒を混ぜる) 国があることも事実のようですので、注意したいですネッ!
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。