自分でもわからぬ病 探求 (R7.5.1)

 皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は「自分でもわからぬ病」の探求になります。昨日の投稿は、日月神示 第十巻 水の巻 第七帖でした。そこでは、日月神示の解釈が目的でしたので、この「自分でもわからぬ病」を深く探求することを避けましたので、カテゴリー「探求小屋」で、投稿者:加藤なりに、この「自分でもわからぬ病」を深掘りしてみたいと思いますので、お付き合いをお願いします。

 先ずは「自分でもわからぬ病」とは「体主霊従」及び「我れ善し」の状態が病だということは、昨日の投稿で説明しました。投稿者:加藤の考えでは、本来「魂の成長」と「意識の覚醒」は並行している (ほぼ同じ、表と裏、右と左、上と下、陰と陽等々) ものだと理解しています。しかし「魂の成長」なしに「意識の覚醒」だけが進んだ、ありえない状況 (状態) で、その人間には、どのような現象が起こるのかを投稿者:加藤なりに考えてみました。昨日の投稿でも書きましたが、全人類の (日本人までも) 約八割以上がこの「自分でもわからぬ病」に侵食されていることは疑う余地がないのですが、その八割以上の病に罹った人々の中で、意識だけが覚醒した人間には、その八割以上の人間が、如何のように見えてくるのかを想像すると… 魂の成長なしに意識の覚醒をした人には、魑魅魍魎の中で生きることになるような世界だと思います。「自分でもわからぬ病」に侵食された人間は、魂の成長なしに意識の覚醒をした人からして見れば、醜い魔者にしか見えないことでしょう。もしこの世の鏡が真実を写すならば、「自分でもわからぬ病」に侵食されている人は、鏡の前で自分の姿を見て、気が狂わずにはいられない容姿なのだと投稿者:加藤は思います。魂の成長と意識の覚醒が並行して進んでいる人間ならば、この魔者達も、人間ではあると認識しつつ、宇宙の塵としてしか見えないのでしょうが、魂の成長なしに意識だけ覚醒してしまうと、意識は高次元に覚醒しているのですが、目に入ってくる情報が地獄絵図になるのではないかと投稿者:加藤は思います。

 日月神示では、今度の大峠が最後の「三千世界の建て直し」としています。ですので今「自分でもわからぬ病」に侵食されている人々は、死後に輪廻の輪に戻ることも許されない「魂までも灰」という運命が待っているのでしょう。ですが、今「自分でもわからぬ病」に侵食されている人々も、小さな「改心」でよいのだと投稿者:加藤は思います。小さな「改心」でも、一時の改心ではなく、マコトの (一時も忘れることのない) 改心ならば、身魂磨きは進むと投稿者:加藤は信じています。常に自分の行動・言動・発想等々が「我れ善し」になっていないかに、気を付けて日々を送っていくことが、身魂磨きの習慣だと投稿者:加藤は思います。皆さまは、会社勤めの人が多いと思います。主婦の方もいるかも知れませんし、学生の方もいるかも知れません。皆さまは何か自分に不利益なことがあれば、自分の権利は主張はすると思います。結構だと思います、それはあなたの権利ですから。でも、その権利の主張の裏側に、あなたには、あなたの義務があることを忘れていませんか?義務を果たさず、権利の主張だけをする、ズル賢い考え方、これは自分で気付かない「我れ善し」の典型です。ここで例を上げて説明… しません。ゲスな話になりますので。ですが一ッ投稿者:加藤の考えを伝えて置きたいと思います。自分がどれだけ「我れ善し」「体主霊従」で生きていようが、死後に「魂まで灰」にされようが、自分のことなので、それでいい、自分の人生だ!と思っている方がいるとしたら、その考えは間違えです。自分が死ねば、全て終わりとは、誰が決めたのですか?勝手なことを言ってはいけません!あなたの死後に、あなたに近い人が、あなたの積み残したカルマを背負うことになるのです。親が子を可愛いと思うならば、あなたのカルマを、子に積み残してはいけません。一日も早く「自分でもわからぬ病」の治癒を始めていただきたいと投稿者:加藤は願います。

 最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。