第十巻 水の巻 第三帖 (R7.4.23)

 皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、日月神示 第十巻 水の巻 第三帖です、お読み下さい。

第一〇巻 水の巻

第三帖 (二七七)

 神の子は神としての自分養 (やしな) ふことも、つとめの一つであるぞ。取違ひすると大層な事になるから、気つけておくぞ。書かしてある御神名は御神体として祭りてもよく、お肌守としてもよいぞ、皆に多く分けてやれよ。御神名いくらでも書かすぞ、その用意しておいてくれよ、神急ぐぞ。祓え祝詞書き知らすぞ。

 かけまくもかしこき、いざなぎのおほかみ、つくしのひむかの、たちばなのおとのあはぎはらに、みそぎはらえたまふときになりませる、つきたつふなどのかみ、みちのなかちはのかみ、ときおかしのかみ、わつらひのうしのかみ、ちまたのかみ、あきくひのうしのかみ、おきさかるのかみ、おきつなぎさびこのかみ、おきつかひへらのかみ、へさかるのかみ、へつなぎさひこのかみ、へつかひへらのかみ、やそまがつひのかみ、おほまがつひのかみ、かむなほひのかみ、おほなほひのかみ、いづのめのかみ、そこつわたつみのかみ、そこつつのおのかみ、なかつわたつみのかみ、なかつつのおのみこと、うわつわたつみのかみ、うわつつのおのみこと、はらえと四はしらのかみたちともに、もろもろのまがこと、つみけがれをはらえたまへ、きよめたまへとまおすことを、きこしめせと、かしこみかしこみもまおす。次に「うけひ」の言葉しらすぞ。

 ご三たいのおほかみさま、ご三たいのおほかみさま、ひつきのおほかみさま、くにとこたちのおほかみさま、とよくもぬのおほかみさま、つきのおほかみさま、すさなるのおほかみさま、あめのかみさま、かぜのかみさま、いわのかみさま、キのかみさま、かねのかみさま、ひのかみさま、ひのでのかみさま、りゅうぐうのおとひめさま、やほよろづのいきかみさま、ことにいすずにます、てんしょうこうだいじんぐうさま、とようけのおほかみさまをはじめたてまつり、よのなかのいきかみさま、うぶすなのおほかみさまのおんまへに、ひろきあつきごじゅごのほど、ありがたく、とうとく、おんれいもうしあげます。このたびのいわとひらきには、千万いやさかのおはたら気、ねがひあげます。あめつちのむた、いやさかに、さかへまさしめたま火、せかいのありとあるしんみん、ひとひもはやく、かいしんいたしまして、おほかみさまのみむねにそひまつ理、おほかみさまのみこころのまにまに、かみくに、じょうじゅのため、はたらきますよう、おまもりくださいませ、そのため、このたま、このみは、なにとぞ、いかようにでも、おつかひくださいませ、みむねのまにまに、まことのかみくにのみたみとしてのつとめを、つとめさしていただくよう、むちうち、ごしゅごくださいませ、かむながらたまちはへませ、いやさかましませ。

 次に御先祖様の拝詞しらすぞ。

 此 (これ) の祖霊宮 (みたまや) に神鎮 (かみしづ) まり坐 (ま) す。遠津祖神、代々 (とおつみおやのかみよよ) の祖霊 (おや) 神達の御前 (みまえ) 、また親族家族 (うからやから) の霊祖神 (みたま) の御前 (おんまえ) に謹 (つつし) み敬 (いやま) ひも白 (まお) す。此 (これ) の家内 (うち) には諸々 (もろもろ) の曲事 (まがいごと) 、罪穢 (つみけがれ) あらしめず、夜 (よ) の護 (まも) り、日の守りに守り幸 (さち) はひ給 (たま) ひ、まこと神国 (かみくに) のみ民 (たみ) としての義務 (つとめ) を全 (まっと) うせしめ給 (たま) ひ、夜 (よ) の護 (まも) り日 (ひ) の守 (まも) りに守り、捧 (ささ) ぐるものの絶間 (たまま) 無く、子孫 (うみのこ) 弥栄継 (いやさかつ) ぎに栄 (さか) えしめ給へと畏 (かしこ) み畏みも白し、惟神霊神 (かむながらたまち) 幸はへませ、惟神霊神幸はへませ。

 一本の草でも干して貯へておけよと申してあろがな。四月二十三日、三の一二のか三。

* 引用文献に誤植がありましたので、修正して投稿しています。

誤:じょうじゆのため 正:じょうじゅのため

誤:日の守りに守り幸 (さき) はひ給 (たま) ひ 正:日の守りに守り幸 (さち) はひ給 (たま) ひ

誤:全 (まつと) うせしめ給 (たま) へ 正:全 (まっと) うせしめ給 (たま) ひ

(太陽出版 新版 ひふみ神示 238頁−241頁 より)

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 今回の投稿は順番でいくと、第二帖になるのですが、第二帖は過去に投稿済 (R5.8.22) ですので、第三帖へ飛びます。

 本帖の描き始め「神の子は神としての自分養 (やしな) ふことも、つとめの一つであるぞ。取違ひすると大層な事になるから、気つけておくぞ」ですが、自分を養うことは、義務の一ッ、の意味ですが、これは「身魂磨き」「メグリ取り」が神の子としての義務 (自分を養う) という意味だと投稿者:加藤は理解しています。「書かしてある御神名は御神体として祭りてもよく、お肌守としてもよいぞ、皆に多く分けてやれよ。御神名いくらでも書かすぞ、その用意しておいてくれよ、神急ぐぞ」の部分ですが、ここの解釈に関しては、三ヶ月後の七月十四日に降ろされた、日月神示 第十一巻 松の巻 第二十七帖で説明させていただく予定です。

 以降の祝詞の説明ですが、「祓い祝詞」とは、その祝詞名の通り、もろもろのまがこと、つみけがれを、祓い清めるために宣るものです。「誓 (うけひ) の言葉」とは、黒川 柚月氏によると、この内容は大本開祖の、出口 直の「祈りの言葉」に由来するとのこと。「御先祖様の拝詞」は、先祖霊に対して宣る祝詞ですが、一般的な神職の方々が宣ることは無い祝詞だと、投稿者:加藤は理解しています。この祝詞と誓の言葉は大本のことを知らないと、わからない祝詞だと思いますが、当ブログでも機会がある度に、大本について書かせてもらっていますが、全部を説明することは出来ません。興味のある方は、各自で調べてみて下さい。

 日月神示 第五巻 地 (九二) つ巻 第八帖に、次のように書かれています、出来ましたら (R6.10.21) の投稿をもう一度見て下さい。「祝詞はよむものではないぞ、神前で読めばそれでよいと思うてゐるが、それ丈では何にもならんぞ。宣るのざぞ、いのるのざぞ、なりきるのざぞ、とけきるのざぞ」ということですね。

 最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。