第十五巻 一八 (イハ) の巻 第八帖 (R8.2.3)
皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、日月神示 第十五巻 一八 (イハ) の巻 第八帖です、お読み下さい。
第十五巻 一八 (イハ) の巻
第八帖 (三七三)
此の方のコト、腹にひしひしと響き出したら、よき守護神となったのざぞ。神の国の元のミタマと外国のミタマとスッカリ取換へられてゐるのにまだ目覚めんのか。神の国は真中の国土台の国、神の元の鎮まった国と申してあらうがな。神の国であるぞ、我さへよけら、よその国、よその人民どうなってもよいといふ程に世界の臣民、皆なりてゐるが、表面ばかりよい事に見せてゐるが、中は極悪ぢゃ。気付いてゐる臣民もあるなれど、どうにも、手も足も出せんであらうがな。それが悪神に魅いられてゐるのぢゃぞ。道はあるに闇、祓ひ潔めて道見て進め。勇ましきやさかの道、光りあるぞ。二月十六日、一二⦿
(太陽出版 新版 ひふみ神示 339頁ー340頁 より)
価格:8800円 |
毎度々々の事ですが、今回も投稿者:加藤の解釈ではなく、本帖の大切と思はれる部分を、現代語にしておきたいと思います。
外国の悪神は、人権だ!人道だ!と綺麗事の声を上げているが、中身は極悪だぞ。本音は自分さえよければ、それでよいという「我れ善し」の考えで、それは他所 (よそ) の国、他所 (よそ) の人民などは、どうなっても構わないという考えかただぞ。そのことに気付いているのに、手も足も出せないでいるのは、悪神に魅入られている証拠だぞ。道はあるのに、今は暗闇ではないか。祓い潔めて、道を確かめながら進んで行けよ、それが正しき弥栄の道ならば、やがて光があるぞ。
こんな感じですかねぇ〜
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。