第十五巻 一八 (イハ) の巻 第七帖 (R8.2.1)

 皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、日月神示 第十五巻 一八 (イハ) の巻 第七帖です、お読み下さい。

第十五巻 一八 (イハ) の巻

第七帖 (三七二)

 この神の許へ来て信心さへして居たらよい事ある様に思ふてゐるが、大間違ひぞ。この方の許へ参りて先づ借銭なしに借銭払ひして下されよ。苦しいこと出来て来るのが御神徳ぞ。この方の許へ来て悪くなったと云ふ人民遠慮いらん、帰りて呉れよ。そんな軽い信心は信心ではないぞ。結構な苦しみがわからん臣民一人も要らんのぞ。しかと褌締めてついて御座れよ。此の方悪神とも見えると申してあらうがな。わかりてもわからん、出来ん事致さすぞ、神が使ふのざから楽でもあるのざぞ。静かに神示よく肚に入れて御用して下されよ。神の道光るぞ。旧一月十五日、一二⦿

(太陽出版 新版 ひふみ神示 339頁 より)

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 毎度々々の事ですが、今回も投稿者:加藤の解釈ではなく、本帖の大切と思はれる部分を、現代語にしておきたいと思います。

 日月の神の信仰を始めると、借銭 (カルマ) 無しにするために、凄い苦労をさせられるのだぞ。借銭が無しになれば、楽になるのだが、そこまでの苦労は尋常では無いから、褌を締めて (気を締めて) 向かって下されよ。もうダメだ!、もうイヤだ!と思う者は、遠慮なく帰ってよいぞ、日月の神は悪神だと思ってもらってよいのだぞ。このこと判った者だけ、神示を肚に入れて御用してくれよ。神の道光るぞ。

 こんな感じですかねぇ〜

 最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。