五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第十九帖 (R8.1.19)
皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、五十黙示録 第二巻 碧玉之巻の最終帖になる第十九帖です、お読み下さい。
五十黙示録 第二巻
碧玉之巻 第十九帖
百は九十九によって用 (ハタラ) き、五十は四十九によって、二十は十九によって用 (ハタラ) くのであるぞ、この場合い、百も五十も二十も、天であり、始めであるぞ、用 (ハタラ) きは地の現れ方であるぞ、フトマニとは二十の珠であり、十九は常立であるぞ、根本の宮は二十年毎に新しく致さねばならん、十九年過ぎて二十年目であるぞ。地上的考へ方で二十年を一まわりと考へてゐるが、十九年で一廻りするのであるぞ、いろは (母) の姿見よ。
(太陽出版 新版 ひふみ神示 779頁 より)
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いつものことですが、日月神示の基本十二巻以降の神示 (ふで) に対しては、投稿者:加藤の解釈を避けています。理由はいくつかあるのですが、基本的には、皆さまの解釈を尊重するためになりますので、ご理解していただきたいのですが、本帖は数字だらけで、超難解な帖となりますので、少々の説明をしておきたいと思います。
本帖に出てくる数字は二ッの区分に分けてみることが出来ます。一ッ目の区分は、百、五十、二十で、二ッ目の区分は、九十九、四十九、十九です。一ッ目は、本帖に書かれている通り「天であり、始めである」ということなので、世の元の大神様の「歓喜弥栄」の発現とみることが出来ます。「根本の宮は二十年毎に新しく致さねばならん」と書かれています。これを地上世界のことで考えると、日本で二十年毎に新しくされる「根本の宮」といえば、伊勢神宮が筆頭であると理解出来ます。二ッ目は、用 (ハタラ) きとしての地の現れです。日月神示 第六巻 日月の巻 第二十帖に「今度の世には四十九の御役、御仕事あるのざぞ。四十九の御魂と申してあろがな」と書かれていました。
本帖のように、数字が多く書かれた神示 (ふで) も、日月神示を全体的に理解していると、この数字の意味が所々に書かれています。ですので、日月神示は一回だけ読んで「ハイ!解りました」ということにはならないのだと投稿者:加藤は思います。
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。