混沌から光明へ 探求 ॐ68 (R8.1.15)

ॐ68

たとえば 彼とのあるとびきり抜群のダルシャンのあと

彼はわたしにこんなことを言います

「そうか、おまえはあるラマに大金をあげたんだね」

わたしが「はい」と答えると

彼は「とてもいいぞ。サーダナがうまくいっているね」なんて言ってくれる

わたしは有頂天になって 寺に帰って考えます「すごい!おれはヨーギになろうとしているんだ

ものすごい力をもつことになるんだ。そいつで何をしてやろうかなあ?」・・・・・・というわけで

わたしはつまり みなさんにも想像のつくひどい考えの数々を思い浮かべ

わたしの不純さが全部表面に出てしまいます いやまったく・・・・・・

それからベッドにもぐりこんで ありとあらゆる性的ファンタジーにひたりながら思います

「なんだいこれは。おまえのヨーギなのに、それでこのざまだ」

・・・・・・ところが それでもその考えはやみません

そうこうしているうちに新しい考えが浮かんできます

( ショルダーバッグのなかをかきまわしていて「ラマ・ゴヴィンダに会いに行くこと」

と書いたメモに出くわすのです ) そこでわたしは考えます

「インドにいる間に、ラマ・ゴヴィンダに会いに行かなくちゃ」

さて 翌朝八時になると使いの者が指示をもってきます

「グルあなたに、ラマ・ゴヴィンダに会いに行くようにと言われました」

さて! そのメッセージは「ああいう性的な考えは切り捨てよ」とは言っていない

でも彼は 明らかにあれを知っているはずです

あなたは彼がラマ・ゴヴィンダのところだけを拾いだしたと思いますか?

彼はわたしが「いいほう」の思考をもったときだけ

同調してくるんだと考えてもいいでしょうか?

ですから 彼の前に出ると わたしはもうメロメロです

彼が全部知っているのがわかるんですから でも 入っていく

わたしを見つめる彼は

全面的な愛

そこでわたしは考えます どうして彼にそんなことができるんだろう?

こいつはインチキにきまってる!

オレみたいに腐りきったのを愛してるんだから・・・・・・そうじゃないか?

そのときのわたしの苦しい立場がわかりますか?

それで! わたしにわかったことは

彼が愛しているのは わたしの人格の奥

わたしのからだの奥にあるそれだということでした

「本当にラム・ダスが好きだ」ではないのです

それは対人的愛ではなく 所有の愛ではなく 必要に駆られた愛ではなく

彼が愛である

という事実そのものだったのです

* 本投稿の趣旨が解らないという方は、当ブログのカテゴリー「お知らせ」の「混沌から光明へ 投稿開始! (R7.6.13) を一読願います。

 最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。