第六巻 日月 (ひつ九) の巻 第二十八帖 (R7.1.22)

 皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、日月神示 第六巻 日月 (ひつ九) の巻 第二十八帖です、お読み下さい。

第六巻 日月 (ひつ九) の巻

第二十八帖 (二〇一)

 岩戸あけたり日本晴れ富士ひかるぞ。この巻役員読むものぞ。世の元と申すものは火であるぞ水であるぞ。くもでてくにとなったぞ。出雲 (いずも) とはこの地 (くに) の事ぞ。スサナルの神はこの世の大神様ぞ。はじめは記号*1 であるなり、記号*2 (うご) いて月となり地となりたのざぞ。アは記号*3 (ヒツキクニ) の神様なり、記号*4 (ヨ) は月の神様ぞ、クニの神様はスサナルの神様ぞ。この事はじめに心に入れれば掃除タワイないぞ、グレンとは上下かへる事と申してあろうがな、云ふてはならぬ事ぞ。いはねばならぬ事ぞ。アメの⦿つ九の⦿。

*1 中心から時計と反対回りの渦巻。

*2 中心から時計回りの渦巻。

*3 中心から時計回りの渦巻の、中心部分が三日月。

*4 丸の中に、カタカナのワヤ。

(太陽出版 新版 ひふみ神示 160頁ー161頁 より)

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感想(12件)

 本帖から日月神示 第六巻の二部目である月の巻に入ります。一部目の日の巻では、陽・男性原理を象徴する内容と共に、霊的な伊勢系を暗示する内容でした。対して月の巻では、陰・女性原理を象徴する内容と共に、霊的な出雲系を暗示する内容だと投稿者:加藤は思います。この二ッの巻が統合されて、日月 (ひつ九) の巻とされていることは、陰と陽、男性原理と女性原理、伊勢と出雲の統合 (融合) だと考えることが出来ると思います。尚、本帖は数ある日月神示の訳本で、訳がかなり異なる帖になりますが、当ブログで引用文献とさせてもらっている「太陽出版」に忠実に投稿させてもらっています。

 最後に降ろされている「アメの⦿つ九の⦿」とは、日月神示 第五巻 第二十七帖の「旧九月になればこの神示に代わりて天のひつくの神の御神示 (おんふで) 出すぞ」とあり、同巻の三十六帖に「いずれは天のひつくの大神様、御憑 (おんか) かりになるぞ、遅し早しはあるぞ、この神様の御神示は烈しきぞ」と書かれていました。その予告 (前置き) の「天のひつくの神」がここで登場となるわけです。予告 (前置き) まであった…そう考えると、この内容は特別に重要なものだと考えられます。

 「この巻役員読むものぞ」と書かれています。この役員とは、岡本天明達の「天之日津久神奉賛会」の人達のことで、この役員以外に読ませて (知らせて) はならない特別な内容が含まれているのだと投稿者:加藤は思います。

 「世の元と申すものは火であるぞ水であるぞ」これは上記で触れた、陰と陽、男性原理と女性原理を、火と水で表したことだと思われます。そして本帖で大事な部分は「くもでてくにとなったぞ。出雲 (いずも) とはこの地 (くに) の事ぞ」の部分で、「出雲」が「この地 (くに) 」だと書いてあることです。「スサナルの神はこの世の大神様ぞ」とも書かれています。出雲の大神様といえば「大国主命 (おおくにぬしのみこと) なのですが、投稿者:加藤は、出雲の大神様は素戔嗚尊だと思っています。何故ならば、出雲の大神様である大国主命の始祖が素戔嗚尊であるからです。スサナルとスサノオと二ッの呼び名が出てきますが、差別化をしながらも同一神と考えてよいと投稿者:加藤は思います (差別化は必要なのですが…) 。

 過去の投稿でも書いたと思いますが、日の神=アマテラス=天界の神、月の神=ツクヨミ=幽界の神、地の神=スサナル=現界の神と理解すべきだと投稿者:加藤は思います。ですので、現界での大神様は素戔嗚尊だということになり、素戔嗚尊を大事にしろという日月神示の教えに繋がるのだと投稿者:加藤は思います。

 最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。