第六巻 日月 (ひつ九) の巻 第八帖 (R6.12.18)

 皆さま御機嫌いかがでしょうか、投稿者:加藤です。今回のお題は、日月神示 第六巻 日月 (ひつ九) の巻 第八帖です、お読み下さい。

第六巻 日月 (ひつ九) の巻

第八帖 (一八一)

 ツギウマシアシカビヒコヂノカミ、ミコトトナリナリテアレイデタマイキ。

 瓜 (うり) の蔓に茄子 (なす) ならすでないぞ。茄子には茄子と申してあろがな。味噌も糞も一つにするでないぞ。皆がそれぞれに息する道あろがな。野見よ森見よ。神の経済よく見よ。神の政治よく見て、まことの政治つかへて呉れよ。すべてにまつろう事と申してあろがな。上に立つ番頭殿目開いて下されよ。間に合はん事出来ても神は知らんぞ。神急 (せ) けるぞ。役員も気配れよ。旧九月八日、ひつ九のか三。

(太陽出版 新版 ひふみ神示 145頁ー146頁 より)

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感想(12件)

 本帖に登場する神は、ウマシアシカビヒコヂノカミ=宇摩志阿斯訶備比古遅神で、古事記と同じ順番の神です。本帖の言 (こと) 部分を全て漢字と平仮名にしてみます「次、宇摩志阿斯訶備比古遅神、命となり成って現れ出て給いき」となるのですが、マァ、全部カタカナで書かれているよりは解りやすいかも知れません。しかし、漢字はあくまで後から人間が当てた字でしかないので、各記紀によって神々の漢字が違って表記されたりもしていますので、神々の漢字に関しては、さほど神経質になる必要はないと投稿者:加藤は思います。

 「瓜 (うり) の蔓に茄子 (なす) ならすでないぞ」「味噌も糞も一つにするでないぞ」「皆がそれぞれに息する道あろがな」とは、この宇宙に同じものなどなく、また無駄なものもないという、普遍的な真理と受け取れる文章だと投稿者:加藤は考えます。我々人間界において、思想や価値観 (ひっくるめて常識?) などを、統一 (一本化?) しようとする全体主義思想 (グローバル化?) が、瓜の蔓に茄子ならすことだと投稿者:加藤は思います。一人々々、個個人が違った思想や価値観を持って生きたとしても、神の政治経済の下では、全く自由であり、それでいて全てが生きていることが、「皆がそれぞれに息する道」だと投稿者:加藤は思います。最終的には、全てが中心に帰るのです。「野見よ森見よ」と書かれています。この短い短い一節に、神の政治経済が凝縮されていると投稿者:加藤は考えます。木の葉一枚、草一本に至るまで、全く同じものはないのに、それでいて揉め事を起こす訳でもなく、仲良く共存、共栄、共生しているのです。

 最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。